芳賀東部団地遺跡(読み)はがとうぶだんちいせき

日本歴史地名大系 「芳賀東部団地遺跡」の解説

芳賀東部団地遺跡
はがとうぶだんちいせき

[現在地名]前橋市鳥取町

市北東部の住宅団地造成に先立って昭和四八年(一九七三)発掘調査された。赤城山南麓、標高一五〇メートルの台地上芳賀中学校の南に広がる大集落跡。縄文時代四〇軒、古墳から平安時代の住居三〇〇軒、掘立柱建物七〇棟などが検出され、時代ごとの集落立地、構造などについて貴重な資料を得た。奈良・平安時代の集落が数も多く、注目される。遺構の状態からすると、掘立柱群が三群あり、それを幾つかの竪穴群が取巻く。その状況からすると、掘立柱建物も単なる一群数棟が必ずしも一戸主を示すとは考えられず、郷戸主の家系の幾人かがまとまり、その周りに房戸が取巻く形と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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