日本歴史地名大系 「鳥取村」の解説
鳥取村
とつとりむら
明治一七年(一八八四)から昭和一八年(一九四三)まで存続した村。釧路村の西にあり、南部は海に臨む。「春日紀行」にみえる「歌乃経」は村内の大楽毛で、「北海道巡廻日記」に「ヲダノスケト名クル原野ノ小休所」とあるほか(明治六年一〇月三一日条)、オタノシケとも記される(同年一一月一四日条)。明治一七年七月釧路村を割いて鳥取村が成立(市町村沿革台帳)。
鳥取村
とつとりむら
南北に細長く、
近世初頭は内谷村のうちであったが、寛文四年(一六六四)以前に分村独立したものとみられる。
鳥取村
とつとりむら
古代
慶長検地郷村帳に高六五四・六五石「鳥取村」とあり、延宝九年(一六八一)の延高によって七五八石余となる(天和元年宮津領村高帳)。
鳥取村
とつとりむら
鳥取村
とつとりむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報