苗鹿村(読み)のうかむら

日本歴史地名大系 「苗鹿村」の解説

苗鹿村
のうかむら

[現在地名]大津市苗鹿一―三丁目・雄琴おごと一丁目・同六丁目・千野ちの二丁目・日吉台ひよしだい一―四丁目

比叡辻ひえいつじ村の北、琵琶湖岸に立地し、北は雄琴村。北国海道が通る。中世苗鹿庄とみえる。天正一一年(一五八三)八月の御蔵入目録(浅野家文書)に苗鹿村二八七石とある。寛永石高帳に高三九二石余とあり、江戸期を通じて膳所藩領として推移する。正徳二年(一七一二)より大津宿の助郷役を勤めている。文化四年(一八〇七)伊能忠敬の東海道歴紀州中国致越前沿海図の作製に伴って当村から村勢報告書が提出されており、それによれば往還通六五三間半、家数五三・人数二五四で、庄屋・肝煎・惣代各一名と組頭五名の署名がある(那波加神社文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android