日本歴史地名大系 「苗鹿庄」の解説
苗鹿庄
のうかのしよう
琵琶湖岸の苗鹿一―三丁目付近を庄域としていたと考えられ、北は
当地は古くは延暦寺の支配下にあったようで、「天台座主記」および「叡岳要記」によると、天元二年(九七九)八月二八日には、東坂本・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
琵琶湖岸の苗鹿一―三丁目付近を庄域としていたと考えられ、北は
当地は古くは延暦寺の支配下にあったようで、「天台座主記」および「叡岳要記」によると、天元二年(九七九)八月二八日には、東坂本・
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...