草島渡(読み)くさじまのわたし

日本歴史地名大系 「草島渡」の解説

草島渡
くさじまのわたし

旧神通川下流に設けられた加賀藩営の渡場。右岸は現在の富山市立草島小学校辺りで小字名わたりが残る。当時右岸は千原崎ちわらざき村と草島村の出合地、左岸今市いまいち村であった。慶長一四年(一六〇九)河口にあった従来の岩瀬いわせ(現四方西岩瀬の北方海中)海岸浸食と神通川の氾濫によって退転し、前田利長の命によりやや上流に新設され、高岡魚津を結ぶ軍用路・加賀藩主往還路(草島道とも)として機能することになった(「前田利長書状」高岡市立博物館蔵)。管理は前記両岸三村による。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む