岸沖方向や沿岸方向の漂砂(ひようさ)の平衡が破れて,海岸の土砂が失われ,汀線が後退する現象を海岸浸食(欠壊)といい,浸食が起こっている海岸を浸食海岸という。海浜を構成している砂や礫などの底質は,波や沿岸の流れの作用によってたえず移動している。この波や流れによる海浜の砂礫の輸送現象が漂砂である(飛砂,つまり風による海浜砂の輸送をも漂砂に含めることがある)。漂砂は外浜(そとはま)から前浜(まえはま)にかけて特に著しく,海浜地形や海岸汀線の変化をもたらす。しけのために荒波が海岸に押し寄せると,前浜や後浜(あとはま)の砂礫は沖に運び去られて汀線が後退する。しけのあとで波が穏やかになると,砂は徐々に沖から岸に戻ってきて堆積する。砂礫は沿岸流などによって,汀線と平行な方向にも運搬されており,この沿岸漂砂のバランスが崩れたときにも,海浜変形や汀線の前進後退が起きる。海岸浸食は軟質の岩石海岸にもみられるが,一般には砂礫海岸に多い。
日本の国土は本来山地に富み雨量も多いので,内陸地から河川を通して海岸へ供給される豊富な土砂に恵まれていた。少なくとも明治以降約1世紀間の日本沿岸の海岸線位置の変化をみると,全体的には前進しており堆積傾向にある。しかしながら,新潟海岸のように昭和初期から海岸浸食が問題となっていた海岸もあり,特に第2次大戦後,各地の海岸で浸食が顕在化し問題とされるようになった。とりわけ大河川の河口部や沿岸の構造物周辺での浸食が著しく,ダムの建設等による河川供給土砂の減少や防波堤による沿岸漂砂の阻止など,おもに人為的な要因によって海岸浸食が生じている。日高海岸,新潟海岸,富士海岸,徳島海岸など,年平均5m以上の速さで汀線が後退してきた海岸も少なくない。海岸浸食により単に海浜が失われるだけではなく,前面の海浜がなくなると海岸堤防や防潮堤など沿岸防災施設の破壊が生じやすくなり,背後地をも危険にさらすことになる。したがって近年,海岸浸食を防止するための種々の工事が各地でなされている。海岸浸食対策工法には,海岸護岸,突堤群,離岸堤,養浜工など各種あるが,海岸浸食には地域性が強いので,対象海岸の浸食の要因と形態の特性を十分に調査するとともに,過去の実施例を参照し隣接海岸への影響をも考慮して,対策工法の種類やその実施範囲を計画する必要がある。
上記のように海岸浸食の原因は海岸により異なるが,河川からの供給土砂の減少が直接の原因となっている場合が多い。河口部への供給土砂は波や沿岸流によって沖合や隣接海岸へ運ばれるので,ダムによる土砂貯留,河道内の砂利採取,河道の整備などにより河川流出土砂量が減少すると,河口部周辺海岸に浸食が生じる。遠州海岸の浸食は天竜川水系の佐久間ダムや秋葉ダムの建設に伴う堆砂が主原因であり,安倍川河口の静岡海岸では河道内の砂利採取が浸食を惹起したといわれる。新潟海岸は信濃川河口に位置するが,古くから浸食海岸として有名である。洪水災害および河口港の堆砂を防止するために,大正末から昭和初頭にかけて大河津分水路が開削され,洪水流量の大部分は寺泊海岸に放水されるようになった。これは繰り返されてきた洪水災害から信濃川下流域を守るのに大いに役立ったが,他方では信濃川河口部への土砂の補給源を奪い海岸の平衡状態を破る結果となったのである。河口導流堤による沿岸漂砂の阻止や,天然ガスの汲み上げによる地盤沈下も,新潟海岸の汀線の後退を著しいものにしてきた。近年,離岸堤や養浜による浸食対策が積極的に進められている。
海岸へ来襲する波の向きが海岸線に対して斜めで,岸と平行方向のいわゆる沿岸漂砂が年間を通じて卓越する海岸に,それを妨げる構造物(防波堤,河口導流堤,防砂突堤など)が築造されると,漂砂の上手側には砂が堆積し,下手側では浸食を生じる。例えば富山湾の東端に位置する下新川海岸では,西向きの沿岸漂砂が卓越しているため,その東側の宮崎漁港の防波堤建設が始まった1951年以降,海岸浸食が進んでいる。同様の例は,大井川港の防波堤建設に伴う駿河海岸北東側の浸食,日置港建設に起因するといわれる天橋立の浸食など全国各地にみられる。ある海岸に対する浸食対策工が隣接海岸の浸食を引き起こした例も少なくない。また高潮対策などのために海岸堤防が建設された場合,そのこう配が大きいと波の反射が強まって前面の砂が沖の方に持ち去られ前面の砂浜が失われる例も数多く報告されている。海岸での砂・砂利採取も人工的な海岸浸食の要因であり,最近では厳しく規制されるようになってきた。
以上のような人為的要因による浸食のほかに,宿命的に浸食性の海岸もある。軟質の堆積岩でできている海崖は,波による基部の浸食と風化作用により一方的に後退する。このような海食崖は全国各地にみられるが,千葉県の屛風ヶ浦が有名であり,高さ約50mに達する崖が年平均約1mの速さで後退してきた。もっとも見方を変えれば,海食崖は隣接海岸に土砂を供給しているともいえる。また,前述の富山湾と駿河湾はともに海底のこう配がきわめて急で海谷(かいこく)に面するため,厳しい波の作用を受け,しかも沖に運ばれた砂は海谷に落ちこんで失われやすく,そもそも浸食性の強い海岸といえよう。
→海岸 →海岸保全
執筆者:渡辺 晃
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…津波,高潮,波浪,海岸浸食などの被害から海岸を防護すること。 海岸保全の重要性は,国によって差異があるが,周囲を海に囲まれた日本の場合,その重要性は非常に大きいといえる。…
※「海岸浸食」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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