草野館跡(読み)くさのたてあと

日本歴史地名大系 「草野館跡」の解説

草野館跡
くさのたてあと

[現在地名]飯舘村草野

草野の中心部に張出した残丘を利用した山城。中世の相馬領北西部に位置し、伊達領と接する辺境の地の備えとして有力家臣を城代に置いたと伝える。館は東西約二二〇メートル・南北約二三〇メートルで、本丸と二の丸からなり、中間に狭間があった。西方の残丘を区切って空堀にした所は揚土(あげつち)と俗称され、付近に堀(ほり)ノ内(うち)やミツケの地名がある。現在も遺構の一部が残る。築城年代は不明だが、「奥相秘鑑」によると、相馬顕胤・盛胤の時代の城代は初め藤田七郎晴親、のち岡田兵庫胤景であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 相馬藩 権現 中略

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む