荒川秀種(読み)あらかわ ひでたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「荒川秀種」の解説

荒川秀種 あらかわ-ひでたね

1827-1882 幕末-明治時代の武士,神職
文政10年4月16日生まれ。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士平田篤胤(あつたね)に国学を,吉川(きっかわ)忠行に洋式兵法,銃砲製造をまなぶ。戊辰(ぼしん)戦争では新政府軍の遊撃隊隊長としてたたかう。維新後は古四王神社などの祠官をつとめた。明治15年2月17日死去。56歳。通称久太郎。号は稜屋。著作に「遊撃隊軍中日記抄」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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