荒木間切(読み)あらちまぎり

日本歴史地名大系 「荒木間切」の解説

荒木間切
あらちまぎり

喜界島の南西部南側に置かれた行政区分。設置時期は不明だが、琉球王国時代にさかのぼるとみられる。成化二年(一四六六)に中山国の兵船(琉球の尚徳王の軍勢)が湾(わん)湊に襲来した時、勘樽金は荒木間切の花良治(ひらじ)村に居住していたと伝える(「泉家系図」泉家文書)。正保琉球国絵図に「荒木間切」とみえ、アラキの訓が付され、間切高一千三二二石余。寛文八年(一六六八)の琉球国郷帳では田方九二九石余・畠方三七五石余、桑役一七石余。元禄五年(一六九二)喜界島与人を一人増やして六人とするにあたり、荒木与人のは荒木村・手久津(ていーどく)村(手久津久村)・嘉鉄(はていとう)村・浦原(うらばる)村・花良治村の五ヵ村で一千七九四石余と定めている(「喜界島帳留」列朝制度)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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