荒田庄(読み)あらたのしよう

日本歴史地名大系 「荒田庄」の解説

荒田庄
あらたのしよう

甲突(こうつき)川の最下流部右岸、近世の鹿児島郡荒田村を遺称地とする。薩摩国建久図田帳に大隅正八幡宮(現鹿児島神宮)領二二五町のうち「一円御領荒田庄八十町 麑島郡内地頭掃部頭」とある。本家は山城石清水(いわしみず)八幡宮、地頭は中原親能であった。地内には大隅正八幡宮の別宮として荒田八幡宮が祀られた。当庄の四至は明らかではないが、荒田八幡宮の随神祠(随身祠)が四至の名残ともいわれる。一一世紀末から一二世紀初頭にかけての白河院政期に成立したものであろう。「吾妻鏡」元久元年(一二〇四)一〇月一七日条によれば、中原親能が有した当庄地頭職はその後正八幡宮寺の愁訴によって廃され、山北種頼が補任された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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