古代,中世に行われた親族法上の法律用語。(1)古代の律令法では,特定の犯罪行為。すなわち大宝・養老律(名例律)に,国家の秩序をゆるがす八つの重罪(八虐(はちぎやく))の一つとして不孝の罪が定められた。その内容は,祖父母,父母を訴え,呪詛し,罵詈(ばり)し,祖父母,父母の生存中に勝手に戸籍,財産を分かち,父母の喪中にみずからの意思で結婚し,父の妾を姦するなど10項目に及ぶ。不孝の罪に対しては,例えば,祖父母,父母を訴えれば絞(死刑第二等),祖父母,父母を罵詈すれば徒3年に処するなど,とくに重刑が課せられたほか,皇族,高官者といえども減刑の特権が認められないなど,一般の犯罪と異なる厳格な規定が設けられた。(2)中世法では,祖父母,父母が子孫に対して親子,祖孫の関係を絶つ行為。すなわち,当時この行為を〈不孝す〉といった。子孫のいかなる行いに対して不孝がなされるかについては,公家法では教令違犯,供養(くよう)の闕(祖父母,父母を養ううえでの手落ち),また武家法では教令違犯,敵対,向背(きようはい)(教訓,指示に背く),不調(ふぢよう)(不行跡)などの抽象的な非行表現で十分であって,非行の内容を具体的に示す必要はなかった。不孝された者は,家から追放され,嫡子に立って家を継ぐ身分も,祖父母,父母の財産の分与にあずかる資格もともに奪われ,すでに与えられた財産も取り上げられた。
なお中世法には,不孝と類似の法律行為に義絶と勘当がある。義絶は中世では不孝と同じく祖父母,父母の子孫に対する親子・祖孫関係の断絶を意味したが,不孝が純然たる同族内の行為にとどまるのに対して,義絶には,親子・祖孫関係の断絶という行為に加えて,その事実を族外世間に公示して,承認を得る手続(義絶状の作成公表)が求められた。けだし義絶は,将来起こりうべき子孫の犯罪の縁坐その他後難を避ける行為であった。しかし14世紀ごろになると,不孝は単なる族内行為ではすまされず,対外的公示が求められるようになって,義絶に近づき,ここに不孝と義絶はほぼ同義の時期を迎えた。ところで,もう一つの勘当は,古代以来,主君が家臣に対して行う主従関係の断絶を意味したが,室町時代になると,親子関係の断絶すなわち不孝の意も包含するようになり,やがて中世末には,不孝はほぼその役割を勘当に譲って,史上から消えた。他方,義絶もしだいに,親子・祖孫関係よりも疎遠な伯叔父甥,従兄弟などの関係の断絶に用いられるようになった。中世法における〈不孝〉の歴史は,族内法の優位から,領主法,団体法の優位へと転ずる日本法史の一表現と見ることができる。
執筆者:佐藤 進一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…〈忠〉が機能する君臣の関係は後天的で人為的な結びつき,すなわち〈義合〉であるのに対し,〈孝〉が機能する父子の関係はいかんともしがたい先天的で自然な結びつき,すなわち〈天合〉と考えられ,したがって,臣下は君主を三たびいさめて従われないときにはそのもとを去るが,子は父を三たび諫めて従われなくとも〈号泣してこれに随う〉べきだとされた。〈孝〉は道徳的な実践のすべてに優先し,〈不孝〉は最大の罪とみなされた。聖天子の舜の父がもし殺人罪を犯した場合には,舜は天子の位を捨て,父を背に負って海浜にのがれて父とともに生活を楽しむであろうと《孟子》はいう。…
…そのことは,家族生活をめぐる諸事象については各地でそれを表現する独自の民俗語彙(ごい)があるのに対し,勘当にはそれに相当する民俗語彙がなく,全国的に法制上の用語である勘当が使用されていることで裏付けられる。【福田 アジオ】 平安時代から中世にかけて,天皇や主君の勘気をこうむること,および親が子との関係を断絶すること(この意味では不孝(ふきよう),義絶ともいう)を勘当と称した。江戸時代になると,勘当の語は主として親子関係を断絶する行為を意味したが,ほかに師匠が弟子との師弟関係を断つ場合にも用いられた。…
…律の条文のうち,主として儒教的見地から道徳上の教えに違反する罪を集めて,それを謀反(むへん)(反をはかる),謀大逆(大逆をはかる),謀叛(むほん)(叛をはかる),悪逆,不道,大不敬,不孝,不義の8項目に分類し(表参照),それに特別な法的効果を付与した規定。したがって八虐に当たる罪に対する刑罰がすべて重いとは限らない。…
※「不孝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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