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荷田蒼生子 かだの たみこ

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美術人名辞典の解説

荷田蒼生子

江戸後期の歌人。荷田春満の弟高惟の娘。京都生。幼名ふり・楓里。夫と死別後、紀州藩に仕え、後江戸に住む。歌名は高く、諸侯に招かれる。著書に『杉のしづ枝』がある。天明6年(1786)歿、65才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荷田蒼生子 かだの-たみこ

1722-1786 江戸時代中期の歌人。
享保(きょうほう)7年生まれ。荷田春満(あずままろ)の養女。荷田在満(ありまろ)の妹。兄にまなぶ。和歌山藩につかえ,子女に和歌をおしえた。のち高知,姫路などの藩にもまねかれた。天明6年2月2日死去。65歳。京都出身。家集に「杉のしつ枝」。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

荷田蒼生子

没年:天明6.2.2(1786.3.1)
生年:享保7(1722)
江戸中期の歌人。別名ふり。荷田在満の妹。京に生まれたが兄に従って早くから江戸に出る。夫と死別後は在満に和歌・国学を学びつつ,独身で通した。紀州徳川家に仕え,奥方や姫君に和歌を教授。49歳で致仕後は浅草に住み,諸侯で蒼生子の添削指導を請う者が多かった。土佐・姫路・岡各藩藩主およびその夫人が中でも熱心だったという。賀茂真淵の指導を仰ぎ,家集『杉のしづ枝』を残す。平沢旭山撰文の墓碑が蒼生子の伝記の基礎資料として貴重。<参考文献>紅林健治「荷田蒼生子と家集『杉の下枝』研究」(窪田空穂・松村英一編『徳川時代和歌の研究』)

(久保田啓一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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