荻田セキ子(読み)オギタ セキコ

20世紀日本人名事典 「荻田セキ子」の解説

荻田 セキ子
オギタ セキコ

昭和期の社会運動家



生年
大正11(1922)年

没年
昭和63(1988)年7月29日

出生地
岩手県盛岡市

学歴〔年〕
自由学園女子部高等科卒

学位〔年〕
理学博士

経歴
20数年間理研、名大などで宇宙線の研究をしてきたが、昭和43年からは留学生問題1本に打ち込んだ。アジアの留学生との交流は、東京YWCAの「留学生の母親運動」に参加して以来のことで、アジア学生文化協会「留学生相談室」カウンセラーも務めた。著書に「文化『鎖国』ニッポンの留学生」。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学位 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「荻田セキ子」の解説

荻田セキ子 おぎた-セキこ

1924-1988 昭和時代後期の社会運動家。
大正13年生まれ。理化学研究所,名大などで宇宙線の研究に従事。昭和43年から東京YWCAの「留学生の母親運動」にくわわり,アジア学生文化協会留学生相談室カウンセラーをつとめた。昭和63年7月29日死去。64歳。岩手県出身。自由学園卒。旧姓は吉田。著作に「文化鎖国ニッポンの留学生」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む