菅原玄同(読み)すがわらげんどう

改訂新版 世界大百科事典 「菅原玄同」の意味・わかりやすい解説

菅原玄同 (すがわらげんどう)
生没年:1581-1628(天正9-寛永5)

江戸初期の儒者。玄同は名。字は子徳,号は得庵。姓の菅原を中国風の一字姓に略して,菅(かん)と呼ばれることが多い。播磨の人。24歳のとき京都に出て,医学を修めるかたわら,藤原惺窩(せいか)に入門して儒学を学んだ。博学をもって聞こえ,林羅山,堀杏庵,那波活所,松永尺五と並ぶ惺窩門の俊才と称される。1628年6月14日,門人の安田安昌に斬殺された。中江藤樹の伝えるところによれば,玄同は博学を誇るのみで人柄がよくなく,安昌を虐待したので,その恨みを買ったのであるという。
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