コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

菅得庵 かん とくあん

2件 の用語解説(菅得庵の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菅得庵 かん-とくあん

1581-1628 江戸時代前期の儒者。
天正(てんしょう)9年生まれ。医学を曲直瀬玄朔(まなせ-げんさく)に,のち儒学を藤原惺窩(せいか)にまなび,京都で塾をひらく。門人安田安昌のうらみをかい,寛永5年6月14日殺害された。48歳。播磨(はりま)(兵庫県)出身。姓は鎌田,菅原。名は玄同。字(あざな)は子徳。別号に生白。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

菅得庵

没年:寛永5.6.14(1628.7.15)
生年:天正9(1581)
江戸時代前期の儒学者。字は子徳。名は玄同,得庵・生白室と号す。播磨国(兵庫県)飾磨郡蒲田村に生まれる。蒲田又は鎌田を氏とする。24歳で京都に出,医学を曲直瀬玄朔に,儒学を藤原惺窩に学ぶ。惺窩門四天王は,ふつう林羅山,堀杏庵,那波活所,松永尺五をさすが,松永尺五のかわりに得庵をいれることもある。当時博学で有名だったが,弟子安田安昌に殺された。事件の詳細は不明だが,林羅山「菅玄同碑銘」,中江藤樹「安昌弑玄同論」の2編が言及している。那波活所の『活所備忘録』によれば,得庵が博識におごって,安昌に悪口雑言を加えたからという。<参考文献>原念斎『先哲叢談

(柴田純)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

菅得庵の関連キーワード竹川政辰畑中西山三宅擔庵越智高洲漢儒小川俊政金谷静台五井鶴城周哲吉田慎斎

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone