20世紀日本人名事典 「菅谷篤二」の解説 菅谷 篤二スガヤ トクジ 昭和期の陸軍軍人,英仏文代筆業 恋文代筆業。 生年明治38(1905)年4月26日 没年昭和60(1985)年12月22日 出生地神奈川県 学歴〔年〕陸士〔昭和2年〕卒 経歴終戦時は参謀本部の陸軍中佐。戦後、公職追放となり、軍服などの仕事をするうちに、駐留米軍の恋人となった日本人女性らに頼まれて英語のラブレターの代筆や翻訳をするようになった。それが評判を呼んで本業となり、店を構えた通りの名も“恋文横丁”と呼ばれ、丹羽文雄氏の小説「恋文」のモデルにもなった。しかし、ベトナム戦争終結を境に、客足は減り、後年は学生の論文や企業の文書の翻訳が中心だった。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菅谷篤二」の解説 菅谷篤二 すがや-とくじ 1905-1985 昭和時代後期の代筆屋。明治38年4月26日生まれ。陸軍中佐で終戦をむかえ,東京渋谷駅近くの道玄坂の一角で進駐軍兵士あての日本女性の英文ラブレターの代筆業をはじめる。丹羽文雄の小説「恋文」のモデルとなり,映画化され,「恋文横丁」の名も生まれた。昭和60年12月22日死去。80歳。鹿児島県出身。陸軍士官学校卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by