菊地新学(読み)きくち しんがく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菊地新学」の解説

菊地新学 きくち-しんがく

1832-1915 明治時代の写真師。
天保(てんぽう)3年生まれ。菊地東陽祖父出羽(でわ)天童(山形県)の人。江戸で写真術をまなび,明治元年山形初の写真館をひらく。横山松三郎,清水東谷にも師事。9年から山形県令三島通庸(みちつね)の命をうけて都市整備などの山形県下の近代化事業を撮影,日本における土木・建築記録写真の先駆となった。大正4年4月17日死去。84歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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