蓑笠之助陣屋跡(読み)みのかさのすけじんやあと

日本歴史地名大系 「蓑笠之助陣屋跡」の解説

蓑笠之助陣屋跡
みのかさのすけじんやあと

[現在地名]開成町吉田島

酒匂(さかわ)川右岸の上島(かみじま)にあり、三反ほどの広さであったという。蓑家は幕臣で代々笠之助を称し、実名は正高、相山と号した。田中丘隅のあとに酒匂川復旧、薩摩芋の普及などの農政に努め、現存の大口文命(おおくちぶんめい)堤は正高の工法によって築かれた。

「善兵衛日記」(酒井文書)によれば、正高は享保一二年(一七二七)から同河川修復工事に従事した。同一四年普請役となり、当初は普請役所として建てたものと思われるが、同一三年の吉田島村絵図(諸星文書)には記載がない。この頃大岡忠相に仕え、同一七年に支配勘定格となり、元文四年(一七三九)代官となるまでの間、代官同様の職掌をなしたために普請役所を拡充し陣屋としたと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む