朝日日本歴史人物事典 「藤原家通」の解説
藤原家通
生年:康治2(1143)
平安末期・鎌倉初期の貴族。大納言藤原重通と大納言源師頼の娘の子。ただし,実父は中納言藤原忠基,実母は重通の家女房藤原有広の娘。六角中納言と号した。左兵衛佐,左少将,右中将,蔵人頭を経て,仁安1(1166)年参議となり,以後右兵衛督・左兵衛督を兼ね,寿永2(1183)年権中納言に昇り,さらに右衛門督,使庁別当,左衛門督を順次兼任。文治3(1187)年,病により官を辞した日に死去。和歌の才能に関して『古今著聞集』に逸話がみえ,また笛の才にも恵まれた。日記『角金記』がある。
(上杉和彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報