藤原旅子(読み)ふじわらのたびこ

朝日日本歴史人物事典 「藤原旅子」の解説

藤原旅子

没年延暦7.5.4(788.6.12)
生年天平宝字3(759)
奈良時代貴族の女性。淳和天皇の母,桓武天皇夫人。父は藤原百川,母は藤原良継の娘諸姉。父亡き後延暦1(782)年ごろに結婚,同5年大伴親王(淳和天皇)を出産するが,2年後死去。正一位を追贈された。桓武皇后藤原乙牟漏は母方叔母,父方従妹に当たり,ほぼ同時期を生き,同じ年に皇子を生んだ。弘仁14(823)年,淳和天皇即位により贈皇太后。墓は宇波多山陵といい,現京都市西京区大枝の大字乳母堂にあるとされる。天安1(857)年まで,初穂を供える荷前奉幣が行われた。

(児島恭子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原旅子」の解説

藤原旅子 ふじわらの-たびこ

759-788 奈良時代,桓武(かんむ)天皇の夫人(ぶにん)。
天平宝字(てんぴょうほうじ)3年生まれ。式家藤原百川(ももかわ)の娘。母は藤原諸姉(もろあね)。延暦(えんりゃく)4年従三位,5年夫人となり,同年淳和(じゅんな)天皇を生んだ。延暦7年5月4日死去。30歳。妃の号と正一位,のち皇太后を追贈された。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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