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藤原芳子 ふじわらの よしこ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原芳子 ふじわらの-よしこ

ふじわらの-ほうし

藤原芳子 ふじわらの-ほうし

?-967 平安時代中期,村上天皇の女御(にょうご)。
藤原師尹(もろただ)の長女。母は藤原定方の娘。天徳2年(958)女御となり,宣耀殿女御とよばれた。従四位下。昌平(まさひら)親王,永平(ながひら)親王を生む。容姿にすぐれて天皇に愛され,皇后藤原安子のねたみをうけたという。「古今和歌集」を暗誦し,天皇の試問をうけても誤りがなかった。康保(こうほう)4年7月29日死去。名は「よしこ」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原芳子

没年:康保4.7.29(967.9.6)
生年:生年不詳
平安中期,村上天皇の女御。左大臣藤原師尹の娘。天徳2(958)年10月に女御となり,宣耀殿の女御と呼ばれた。永平親王の母。父師尹は芳子に対し,手習いに励み,琴を人より上手に弾き,『古今和歌集』20巻を全部暗誦することを教育の基本とした。芳子が本当に『古今和歌集』を暗誦しているかどうか,その入内後に天皇が試してみたところ,ひとつも間違わなかったという話が『枕草子』にある。また大変見事な髪の持ち主で,内裏へ行くために牛車に乗ったとき髪の先はまだ母屋の柱のもとにあったなどといわれ,容貌に恵まれていたうえ和歌の素養もあり,天皇の寵愛を一身に集めていた。これを嫉妬した皇后安子は,壁に穴をあけて芳子に土器の破片を投げつけたという話が『大鏡』にみえる。ふたりいた皇子のひとりは早世し,もうひとりの永平親王は,顔形は良いが「御心きわめたる白物」(『大鏡』)であったなど話題の多い人物である。<参考文献>『栄光の女帝と后』(人物日本の女性史2巻)

(菅原征子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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