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藤原高房 ふじわらの たかふさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原高房 ふじわらの-たかふさ

795-852 平安時代前期の官吏。
延暦(えんりゃく)14年生まれ。北家藤原藤嗣(ふじつぐ)の3男。母は紀古佐美(きの-こさみ)の娘。天長4年(827)美濃介(みののすけ)となり,迷信を排して美濃安八郡の堤防を修理,席田(むしろた)郡で民をまどわす妖術の一党を捕らえた。備後(びんご),肥後,越前(えちぜん)の国守を歴任し,正五位下にいたる。仁寿(にんじゅ)2年2月25日死去。58歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原高房

没年:仁寿2.2.25(852.3.19)
生年:延暦14(795)
平安前期の官人。参議藤嗣と大納言紀古佐美の娘の子。6尺(182cm)という長身に加え,並外れた力持ちで,豪放磊落な性格であったという。備後(広島県),肥後(熊本県),越前(福井県)などの諸国守を歴任,その人柄にふさわしく各任地で名声を得ている。特に天長4(827)年美濃介在任中,寛厳両様の施策で盗賊を取り締まったのをはじめ,神の祟りを恐れて放置されていた堤防の修理を行い,あるいは民衆を惑わす妖巫をひとりで乗り込んで追捕するなど,当時としては珍しい合理精神の持ち主であった。しかし背中にできた悪性の腫物が原因で没した(『文徳実録』)。

(瀧浪貞子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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