朝日日本歴史人物事典 「藪慎庵」の解説
藪慎庵
生年:元禄2(1689)
江戸中期の儒学者。肥後熊本藩士。名は弘篤。通称,久右衛門。号は定軒,京山人,山陽散人,震庵,慎庵など。朝鮮の李退渓の影響を受けて朱子学を遵奉し,同藩の大塚退野と共に肥後実学の指導者となった。江戸出府の折り,古文辞学の泰斗である荻生徂徠と親交があったが,最後までその学説に従うことがなかった。『慎庵遺稿』の著がある。次男孤山は藩校時習館の教授を務めた。<参考文献>下田一喜『稿本肥後文教史』
(白石良夫)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報