蘆野胤恭(読み)あしの たねやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蘆野胤恭」の解説

蘆野胤恭 あしの-たねやす

1760-1833* 江戸時代後期の仏師。
宝暦10年生まれ。蘆東山の甥(おい)。幼時より彫刻をこのみ,天明7年京都にでて朝廷につかえる。御室(おむろ)御所の仕事に従事,法眼の称号をうけた。天保(てんぽう)3年閏(うるう)11月18日死去。73歳。陸奥(むつ)渋民(岩手県)出身。通称は正太郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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