蜂須賀光隆(読み)はちすか みつたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蜂須賀光隆」の解説

蜂須賀光隆 はちすか-みつたか

1630-1666 江戸時代前期の大名
寛永7年10月13日生まれ。蜂須賀忠英(ただてる)の長男。慶安5年(1652)阿波(あわ)徳島藩主蜂須賀家3代となる。承応(じょうおう)元年侍従,阿波守。地方支配を強化し,郡奉行による経済優先の体制転換。藩教学の確立につとめた。寛文6年5月27日死去。37歳。幼名は千松丸。

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367日誕生日大事典 「蜂須賀光隆」の解説

蜂須賀光隆 (はちすかみつたか)

生年月日:1630年10月13日
江戸時代前期の大名
1666年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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