衣更着神社(読み)きさらぎじんじや

日本歴史地名大系 「衣更着神社」の解説

衣更着神社
きさらぎじんじや

[現在地名]砥部町麻生

八倉やくらにあって、明和水論の義民窪田兵右衛門を祀る。彼の処刑は安永三年(一七七四)二月二三日、備中倉敷くらしき(現岡山県)で行われ、遺骨麻生あそう村内の円通えんつう寺に納められ、墓碑頌徳碑がある。社名はその辞世の句「如月のあわれ尋よ法の道」(大洲旧記)に由来し、文政七年(一八二四)の五十回忌に新谷藩の許しを得て名付けたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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