コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

西村捨三 にしむら すてぞう

2件 の用語解説(西村捨三の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西村捨三 にしむら-すてぞう

1843-1908 幕末-明治時代の武士,官僚。
天保(てんぽう)14年7月29日生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)彦根藩士。江戸で塩谷宕陰(しおのや-とういん)にまなび,藩校弘道館の教授となる。維新後,内務省にはいり,沖縄県令,大阪府知事などを歴任した。明治41年1月14日死去。66歳。名は有信。号は酔処。著作に「双烈遺事」「御祭草紙」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

西村捨三

没年:明治41.1.14(1908)
生年:天保14.7.29(1843.8.24)
明治期の官僚。父は彦根藩(滋賀県)作事奉行西村又治郎,母は貞。幼君井伊愛麿(直憲)に仕え,藩校弘道館に学んだのち同館国学方教授長野義言(主膳)の推薦を得て藩命により江戸に留学,塩谷宕陰に学んだ。この留学中の放蕩に対し,父が幼名の得三郎を捨三に改めると訓戒したのが名の由来。のち一代限騎馬徒士,藩校教授となる。その間京都周旋方として情報収集に当たり,大政奉還後は朝旨遵奉という藩の方針の下で東山道征討に参加した。明治5(1872)年旧藩主直憲に従い欧米を視察,10年内務省に出仕し,警保局長,土木局長などを歴任した。22年大阪府知事に転じ淀川改修,上水道整備に尽力し,次いで農商務次官のとき平安神宮創建に参画。大阪築港にも貢献した。

(長井純市)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

西村捨三の関連キーワード作事奉行彦根飯田雲台井伊直定島屋平助高杉宮内田中芹坡橋本湛月弘世助市横川蒲汀

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone