西来院(読み)せいらいいん

日本歴史地名大系 「西来院」の解説

西来院
せいらいいん

建仁寺の塔頭。同寺仏殿の東にあり寺門は西面。本尊地蔵菩薩。開基蘭渓道隆は宋の西蜀江の人、寛元四年(一二四六)渡来、鎌倉に建長寺を創し、正元(一二五九―六〇)の初め建仁寺住職となる。同寺は天台・真言・禅の三宗兼学であったが道隆に及んで禅規を専行し、宋風が興隆した。「栄西未来記」に「吾れ滅後五十年必ず西来の人ありて禅宗大に興起せんと」とあるが、栄西の再来と称され一宇を建立し三年後鎌倉に帰った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む