正元(読み)しょうげん

日本の元号がわかる事典「正元」の解説

しょうげん【正元】

日本の元号年号)。鎌倉時代の1259年から1260年まで、後深草(ごふかくさ)天皇、亀山(かめやま)天皇のの元号。前元号は正嘉(しょうか)。次元号は文応(ぶんおう)。1259年(正嘉3)3月26日改元飢饉の凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『詩緯(しい)』を出典とする命名。正元年間の鎌倉幕府の将軍は宗尊(むねたか)親王(6代)、執権は北条長時(ながとき)(6代)。この頃、朝廷では後嵯峨(ごさが)上皇による院政が行われていた。しかし、朝廷内の鎌倉幕府の影響力が増大して、朝廷はほぼ幕府の統制下にあった。1259年(正元1)、後深草天皇は父帝の後嵯峨上皇の意向を受けて、皇子ではなく、弟の亀山天皇に譲位した。ここから、後深草の血統である持明院統(じみょういんとう)と、亀山の血統である大覚寺統(だいかくじとう)との確執が始まる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus「正元」の解説

正元 しょうげん

?-? 江戸時代前期-中期
江戸深川にすみ,各地を勧進(かんじん)してまわり,宝永5年(1708)から享保(きょうほう)5年(1720)にかけて江戸六地蔵を造立。神田鍋町の太田正儀(まさのり)・正義親子が鋳造し,顔以外には寄進者の名がきざまれている。青銅および金銅の丈六座像で,巣鴨真性寺などに5体が現存する。通称は地蔵坊。

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精選版 日本国語大辞典「正元」の解説

しょうげん シャウゲン【正元】

鎌倉時代、後深草天皇・亀山天皇の代の年号(正元元年一一月より亀山天皇の代)。正嘉三年(一二五九)三月二六日、飢饉、疾疫流行により改元。将軍宗尊親王、執権北条長時の時代。正元二年(一二六〇)四月、文応(ぶんおう)と改元された。出典は「詩緯」の「一如正元、万載相伝」による。

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