日本歴史地名大系 「見砂村」の解説
見砂村
みしやごむら
[現在地名]志雄町見砂
。地滑り地帯で土質が悪く、米作のほか大麦・小麦・稗・芋・野菜類をわずかに産出、幕末には小物成に紙漉役二四匁があり、八軒がこれに従事した(明治元年「巨細帳」岡部文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
。地滑り地帯で土質が悪く、米作のほか大麦・小麦・稗・芋・野菜類をわずかに産出、幕末には小物成に紙漉役二四匁があり、八軒がこれに従事した(明治元年「巨細帳」岡部文書)。
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