日本歴史地名大系 「観音林村」の解説
観音林村
かんのんばやしむら
[現在地名]軽米町晴山
「邦内貢賦記」によると福岡へ二里二九町二〇間。文政一三年(一八三〇)書写の御国中賃銭割付(和田文書)では福岡まで二里二九町、賃銭は本馬一〇五文・軽尻六七文・人足五一文であった。「東山道道中双六」に三戸郡
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
「邦内貢賦記」によると福岡へ二里二九町二〇間。文政一三年(一八三〇)書写の御国中賃銭割付(和田文書)では福岡まで二里二九町、賃銭は本馬一〇五文・軽尻六七文・人足五一文であった。「東山道道中双六」に三戸郡
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半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...