讃岐街道(読み)さぬきかいどう

日本歴史地名大系 「讃岐街道」の解説

讃岐街道
さぬきかいどう

近世徳島藩の官道であった阿波五街道の一つ。徳島城鷲の門わしのもん起点として讃岐国境に至る。讃岐本道・讃岐往還ともよばれた(阿波国交通史)

当街道の経路は江戸時代前期には大きく移り変った(徳島県歴史の道調査報告書)。江戸時代中期以降の経路は、徳島城鷲の門から伊予街道と重なり西進し、蔵本くらもと三ッ合みつあい(現徳島市)で北へ分岐し、徳命とくめい舟渡・名田なだ東中富ひがしなかとみ(現藍住町)大寺おおてら吹田ふきた大坂おおさか・大坂峠(現板野町)と北上して讃岐国境に至る。途中大寺撫養むや街道と交差した。これに対して江戸時代初期の経路は佐古さこ町から佐古矢三やそ今切いまぎれ東貞方ひがしさだかた(現徳島市)勝瑞しようずい(現藍住町)市場いちばから大代おおしろないし姫田ひめだ(以上現鳴門市)撫養街道と合流西進し、大寺・大坂を越えて讃岐に至り、慶長期(一五九六―一六一五)のものと推定される国絵図には「讃州引田へ至る大道」と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む