豊田神社(読み)とよたじんじや

日本歴史地名大系 「豊田神社」の解説

豊田神社
とよたじんじや

[現在地名]豊田町大字江良 以坊

江良の以坊(えらのいぼうり)に鎮座。祭神は菅原道真・仁徳天皇。旧村社。

初め阿座上(あざかみ)村内の小村天神(てんじん)に鎮座した西(にし)八幡宮が、矢田(やた)村に遷座した折、末社の天神社を天和三年(一六八三)当地に遷座して菅原(すがわら)神社と改称。城戸(きど)・西長野(にしながの)・手洗(たらい)・江良・庭田(にわた)各村の氏神となった。明治四四年(一九一一)中(なか)・東長野(ひがしながの)の両若宮(わかみや)八幡宮ほかを合祀し豊田神社と改称。


豊田神社
とよたじんじや

[現在地名]新発田市五十公野

五十公野(いじみの)丘陵西南部、腰掛(こしかけ)山の頂にあり、溝口秀勝以下歴代新発田藩主を祀る。旧県社。安永九年(一七八〇)八代直養が城内本丸に祖先を祀る祠堂を設け、七代直温筆の額を掲げて奉先(ほうせん)堂と称したのに始まる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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