コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

豊田貞次郎 とよだ ていじろう

2件 の用語解説(豊田貞次郎の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

豊田貞次郎 とよだ-ていじろう

1885-1961 大正-昭和時代前期の軍人,政治家。
明治18年8月7日生まれ。昭和15年海軍次官。16年海軍大将,予備役となり第2次近衛内閣の商工相。第3次近衛内閣の外相兼拓務相として日米交渉にあたるが失敗。20年鈴木内閣の軍需相兼運輸通信相となる。戦後は日本ウジミナス会長をつとめた。昭和36年11月21日死去。76歳。和歌山県出身。海軍大学校卒。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

豊田貞次郎
とよだていじろう
(1885―1961)

海軍軍人(大将)、政治家。和歌山県生まれ。海軍兵学校卒業。オックスフォード大学留学後、海軍大学校卒業。ジュネーブ軍縮会議随員、ロンドン軍縮会議随員などを経て、1931年(昭和6)海軍省軍務局長となる。その後、呉工廠(くれこうしょう)長、航空本部長など技術畑を歩く。1940年第二次近衛文麿(このえふみまろ)内閣海軍次官、1941年大将となり同内閣商工相となる。同年第三次近衛内閣外相兼拓相に就任、日米交渉にあたる。同年日本製鉄社長に就任、鉄鋼生産に携わる。1945年鈴木貫太郎内閣軍需相兼運輸通信相。敗戦後、貴族院議員となったが公職追放。1956年(昭和31)日本ウジミナス会長。[小田部雄次]
『豊田貞次郎回想録編集委員会編『豊田貞次郎回想録』(1962・日本ウジミナス)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

豊田貞次郎の関連キーワード池田平作小野重行酒井繁戸川篤次丹羽七郎原田譲二福永尊介別府総太郎山本武蔵渡辺七郎

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone