豊龍神社(読み)ほうりゆうじんじや

日本歴史地名大系 「豊龍神社」の解説

豊龍神社
ほうりゆうじんじや

[現在地名]朝日町宮宿

宮宿(みやじゆく)市街北西の小丘上にあり、祭神豊玉姫大神。縁起によれば、承和一一年(八四四)延暦寺の僧安慧が出羽国を巡り歩き、講場をこの地に開いたとき龍の神霊を鎮め祀って宮宿の鎮守とし、別当東守(とうしゆ)寺を建立し神仏両部をもって祭祀をつかさどったという。明和年間(一七六四―七二)左沢(あてらざわ)(現大江町)在住の松山藩医羽柴玄倫が記した宗古録(大江町史資料)によれば、豊龍権現は東五百川(ひがしいもがわ)の総鎮守で、宝筐山東守寺はその別当職で羽黒山末寺である。承和年中延暦寺の安慧が羽州村山郡で天台止観の大法議を演説し、その教訓を受ける者が少なくなかったと記している。安慧は天台の教えを広めるため、産土神として古くから庶民の信仰を集めていた豊玉姫大神を併せ祀ったのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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