20世紀日本人名事典 「賀古鶴所」の解説 賀古 鶴所カコ ツルド 明治・大正期の医師 生年安政2年1月2日(1855年) 没年昭和6(1931)年1月1日 出生地遠江国浜松(静岡県) 学歴〔年〕東京大学医科〔明治14年〕卒 経歴緒方正規に師事して細菌学を研究、後軍医学校で初めて細菌学を講じた。明治21年山県有朋に従い訪欧、ベルリン大学で耳鼻咽喉科を修め、帰国後軍医官となり陸軍軍医学校で同科を講じた。また日本赤十字社病院で耳鼻咽喉科外来診療を行い、その創始者となった。23年「耳科新書」を刊行。その後開業医となったが、山県の信頼厚く、国事上の相談に乗った。吃音の矯正を初めて試み、開業試験廃止を主張した。森鷗外は東大の同窓で親友。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「賀古鶴所」の解説 賀古鶴所 かこ-つるど 1855-1931 明治-大正時代の医師。安政2年1月2日生まれ。陸軍軍医となり,明治21年山県有朋(やまがた-ありとも)の欧米視察にしたがい,ベルリンで耳鼻咽喉科学をまなぶ。日清(にっしん)・日露戦争に従軍し,日露戦争後,軍医監となる。東京で賀古耳科院をひらき,恩賜財団済生会を創立した。東京大学同窓の森鴎外は終生の友。昭和6年1月1日死去。77歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。編著に「耳科新書」。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by