翻訳|bacteriology
細菌を研究対象とする科学で,微生物学の主要な部分を占めている(なお微生物学には細菌のほか酵母,カビ,原虫,ウイルスなどが研究対象に含まれている)。細菌学を微生物学の一分野としてみた場合,一般微生物学,土壌微生物学,食品微生物学,環境微生物学,微生物分類学などのそれぞれに,細菌学が含まれている。また細菌は,一般的な生命現象の解明のための研究素材として用いられることも多く,分子遺伝学(分子生物学),生化学,生態学などの中にも細菌の研究は含まれている。一方,細菌は人間の病気の面でもかかわりが深く,医微生物学,免疫学,生理学,薬学などの中で細菌の研究は重要な位置を占めている。社会的な面では,細菌は工業的な利用がなされており,とくに現在では,分子遺伝学の発展とともに,遺伝子工学をはじめとするバイオテクノロジーの研究対象としても細菌が重視されている。
人間と細菌とのかかわりは,人間の歴史始まって以来のものであろう。病原性の細菌は,人間社会の中に伝染病の大流行をしばしばもたらしたし,また食物の腐ることなども細菌の働きであった。しかし一方,発酵乳などの食品の製造にも細菌は利用された。このような長年にわたる細菌と人間とのかかわりにもかかわらず,細菌の存在が確認されたのは比較的新しいことである。ギリシアのヒッポクラテス以来,肉眼で見えない微小な生物の存在は想像されてはいたものの,その存在を確認する手段がなかったのである。細菌を初めて観察したのはオランダのA.vanレーウェンフックで,17世紀後半のことである。彼は自作の顕微鏡を用いて,細菌,酵母,藻類,原生動物などを見いだしている。微生物および細菌の研究は,ここから出発したといえる。すなわち細菌の存在を確認する手段が得られたのである。そして顕微鏡の改良・進歩は,その後の微生物学および細菌学の発展を支えるもととなった。
本格的な細菌研究は,19世紀に入って微生物学の全般的な進展とともに進められた。微生物学の研究は,最初,酵母による発酵や動物の伝染病についてなされた。L.パスツールは1854年以来,乳酸発酵やブドウ酒の腐敗などを研究し,有機物の分解はそれぞれに特異的な微生物の働きによることを示した。またカイコの微粒子病や,ウシ,ヒツジなどの致死性伝染病である炭疽の研究を行った。これらの研究によって微生物病原論はその基礎を築いた。炭疽の病原菌である炭疽菌は,76年にR.コッホが純粋培養に成功し,それを動物に接種すると発病したことによって,炭疽と炭疽菌との因果関係が明確に示された。医学的な細菌学は,これ以降発展してくる。81年にはコッホによって固形培養基が開発され,細菌の研究は非常に容易になった。
コッホの1876年の炭疽菌の研究以降,20世紀に入るまでの四半世紀は,以前から知られていた病気について各種の病原菌がつぎつぎと明らかにされていった時期である。すなわち結核菌の発見(コッホ,1882),コレラ菌の発見(コッホ,1883),チフス菌の純粋培養の成功(ガフキーG.Gaffky,1884),破傷風菌の純粋培養の成功(北里柴三郎,1889),ペスト菌の発見(イェルサンA.E.J.Yersin,1894),赤痢菌の発見(志賀潔,1898)などの成果が相次いだ。20世紀に入ると,病原菌に対する特殊な化学療法剤や抗生物質が,医学者,化学者,細菌学者などによって生み出された。これらの医細菌学(医微生物学)の発展によって,細菌などの病原微生物が引き起こす感染症による死亡率は,現在大きく低下している。
人間の病気を引き起こす細菌を研究するのが医細菌学(病原細菌学)である。土壌中の細菌の分布や働きや生活様式を研究するのが土壌細菌学であるが,生態系の中で重要な働きを行っている土壌細菌には,窒素固定菌,硝化細菌,硫黄細菌などがいる。酪農に役立つ細菌を研究するのは酪農細菌学であり,乳酸菌,プロピオン酸菌などの研究である。工業にも細菌が利用されている。有機酸の発酵工業,抗生物質の製造工業などがそれであり,これらは工業細菌学を形づくっている。最近では,細菌やその他の微生物の工業的利用の研究・開発が盛んである。このほかにも,細菌学の研究分野は多方面にわたっている。
→細菌
執筆者:川口 啓明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
細菌を対象とする生物学の一分野。細菌学の歴史的な発展は、道具としての顕微鏡、技術的な面としての培養法などの発展に負うところが大きい。つまり、レーウェンフックの顕微鏡の製作による細菌の観察、パスツールによる腐敗に関連しての滅菌法の発見、さらにコッホによるゼラチン固形培養基による細菌の純粋培養法の成功などが総合されて細菌学の誕生・発展となったといえる。また、細菌学は純正な生物科学となる以前には、病原細菌学、発酵細菌学、農学のなかに位置づけられる土壌細菌学などというように、応用の色彩が濃い科学として、相互にあまり関係をもたず、それぞれの目的に従って発展するという経過をたどった。しかし、このような応用細菌学は、やがて基礎細菌学となって生かされていくことになる。とくにバージェイDavid H. Bergey(1860―1937)が、1923年、アメリカ細菌学会の援助によって『細菌群の検索表』Bergey's Manual of Determinative Bacteriologyの初版を発表したことは画期的なことであった(1994年、第9版を出版)。この検索表は各分野で発表された細菌の種をまとめ、体系づけたものである。こうした分類方式の発展とともに、生理・生化学分野では細菌の細胞構造、細菌の増殖、細菌の物質代謝機構などの研究が進み、さらに突然変異から出発した遺伝学においては形質転換や接合・組換えの仕組みなどがしだいに解明された。とくに遺伝情報の研究の発展は目覚ましいものがある。そして、これらの研究は、また、細菌の病原性の解明や新しい発酵生産物利用に還元されていくわけである。このように細菌学は、応用から基礎へ、基礎から応用へと発展しつつあるのが現状といえる。
[曽根田正己]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…消毒はイギリスのJ.リスターが先鞭をつけ,ウィーンではI.F.ゼンメルワイスが独自にそれを導入した。いずれも細菌学の知識なしに,傷口の化膿・腐敗あるいは血液毒を中和するために,強力な芳香をもつ石炭酸や塩素水を使用した。もちろん,細菌学がその根拠を与えた後は,いっそう洗練された方法となり,急速に普及していった。…
…ドイツの細菌学者。結核菌の発見者で,細菌学の創始者の一人であるとともに,19世紀後半の細菌学黄金時代の中心的存在でもあった。…
※「細菌学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新