臨床医学の一部門で,耳,鼻,のど(咽喉)を診療の対象としている。また,聴覚,平衡感覚,嗅覚(きゆうかく),味覚など感覚の障害,言語障害などコミュニケーションの障害を扱う科である。耳鼻咽喉科学は歴史的にみると,初めから統一された学問ではなく,18世紀に外科医から独立して耳科医が生まれ,胸部疾患の知識をもった内科医が喉頭科医であった。19世紀になって耳鼻咽喉科学として統合されたが,これには反射鏡,喉頭鏡の発明が大きな役割を果たした。
耳には音を伝える鼓膜,耳小骨,音を感じる蝸牛のほかに平衡機能をつかさどる耳石器,半規管があり,その障害は難聴,めまい,ふらつきなどを起こす。耳科学の診療には手術用顕微鏡は不可欠で,鼓膜形成術,耳硬化症に対するあぶみ骨手術など,中耳伝音系を修復再建し,聴力改善をはかる手術,聴神経腫瘍に対する手術など,顕微鏡手術(マイクロサージェリー)が行われている。
鼻科領域では外鼻,鼻腔,副鼻腔の疾患が扱われ,炎症,アレルギー,外傷,腫瘍などがある。病気によっては顔面,口蓋,眼窩(がんか),前頭蓋窩,翼口蓋窩も診療の対象となる。手術としては副鼻腔炎手術,鼻中隔矯正術,上顎腫瘍に対する上顎全摘術などがあり,鼻を経由する手術としては下垂体手術がある。最近では,内視鏡とレーザー光線を使った新しい手術法が開発されつつある。
口腔のうち歯牙は歯科診療で扱われるが,口唇,舌,口蓋,唾液腺は耳鼻咽喉科領域として扱われる。
咽頭は食物の摂取,嚥下に関係する器官である。咽頭にはアデノイド,口蓋扁桃が存在し,一般的な手術としてはアデノイド切除術,扁桃摘出術などがある。このほか睡眠性無呼吸に対する咽頭の形成術もこの科で行われる。食道は咽頭の奥にあり,食道異物の診断,摘出,悪性腫瘍の検査治療も行われる。
喉頭は呼吸と発声に関係している。喉頭が閉塞すると窒息死をまねくため,治療として気管切開術が行われる。さらに気管,気管支も検査治療の対象となる。これには光学器械の進歩による各種内視鏡の発達が,診断治療の技術を著しく向上させた。言葉は,ヒトが社会生活を営むうえでコミュニケーションの手段として使われるが,言葉の生成と,その内容を了解する言葉の認識には耳鼻咽喉科領域の関与するところが大きい。喉頭疾患の手術的療法としては,一般の外科的手術のほかに音声の改善を目的とした手術があり,これを音声外科とよぶ。
頭頸部の悪性腫瘍もこの科で扱われ,外国では耳鼻咽喉科,頭頸部外科と併記される傾向にある。耳鼻咽喉科学は耳科学,鼻科学,咽頭学,喉頭学からなるが,これらに聴覚学,平衡神経科学,音声言語医学,気管食道科学などが関連している。
執筆者:野村 恭也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
臨床医学の一分科。西洋では古くから耳の病気は外科医が、鼻や咽喉(のど)の病気は内科医がそれぞれ治療していたが、19世紀になって額帯鏡が開発されるとともに専門化が進み、しだいに統合されるようになり、20世紀にはどの国でも耳鼻咽喉科として統合され、外科系の一つの分科になった。額帯鏡は額に固定したバンドに反射鏡をつけたもので、この凹面鏡の反射によって人工光線を集め、照らし出された深部を中央の穴から見る。内科医の聴診器に対して、この額帯鏡は耳鼻咽喉科医のシンボルとされてきた。
耳鼻咽喉科の対象となる部位が、聴覚、嗅覚(きゅうかく)、味覚などの感覚、あるいは発声や言語などの機能をつかさどる器官であるため、治療に際してはその機能の保持とリハビリテーションがとくに重要である。また医学の進歩に伴って、これまでは手術的に到達不能であった部位の手術も可能になってきて、耳鼻咽喉科医が取り扱わなければならない分野がしだいに拡大し、口腔(こうくう)、眼窩(がんか)内、頸(けい)部などはもちろんのこと、聴神経腫瘍(しゅよう)や下垂体腫瘍の摘出などで頭蓋(とうがい)内、あるいは側頭骨下窩や頸静脈孔腫瘍の摘出などで頭蓋底なども対象領域になってきており、耳鼻咽喉科という名称では対応できず、頭頸科や頭頸部外科という科名に変更、あるいは併記することが一般的になってきている。
一方、このように守備範囲が広がるのとは対照的に、1人の医師がそのすべてを奥深く研究することが無理であり、他の医学分野と同じように細分化も進んできている。現在、日本の国内だけでも、耳鼻咽喉科医が主になっている独立した学会は、日本耳鼻咽喉科学会のほかに、日本耳科学会、日本聴覚医学会、日本めまい平衡医学会、日本鼻科学会、日本口腔・咽頭科学会、日本音声言語医学会、日本気管食道科学会、日本耳鼻咽喉科感染症研究会などがある。
[河村正三]
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