20世紀日本人名事典 「贄川他石」の解説 贄川 他石ニエカワ タセキ 明治〜昭和期の俳人 生年慶応4年4月8日(1868年) 没年昭和10(1935)年12月21日 出生地静岡県駿東郡清水村的場 本名贄川 邦作 別名初号=稲香,別号=孤山堂,碧雲堂 経歴俳諧を箕田凌頂(狐仙堂凌頂)に学び、明治26年より師匠の「俳諧鳴鶴集」の編集を担当、31年これを復刊して「鳴鶴集」を主宰した。連句研究でも大正昭和時代における第一人者として知られ、編著に「芭蕉全集」「尾張・美濃俳諧史」などがある。駿豆鉄道専務、静岡県議などの公職にもつき、晩年は郷里の清水村村長も務めた。没後、連句集「水のひゞき」が刊行された。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「贄川他石」の解説 贄川他石 にえかわ-たせき 1868-1935 明治-昭和時代前期の俳人。慶応4年4月8日生まれ。箕田凌頂(みのだ-りょうちょう)に俳諧(はいかい)を,松浦羽洲に連句をまなび,連句と俳諧の歴史を研究した。静岡県会議員,駿豆(すんず)鉄道専務などをつとめた。昭和10年12月21日死去。68歳。駿河(するが)(静岡県)出身。本名は邦作。別号に碧雲堂。編著に「芭蕉全集」,著作に「六花庵三代」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by