赤岡分(読み)あかおかぶん

日本歴史地名大系 「赤岡分」の解説

赤岡分
あかおかぶん

[現在地名]会津若松市町北町まちきたまち石堂いしどう石堂町いしどうまち

若松城下の北西部に接し、東は石堂分、南は若松城下の糠塚ぬかづか町、西は小黒川おぐろがわ分、北は上荒久田かみあらくだ村。若松城下の町分のうちで、西黒川にしくろかわに属した。貞享二年(一六八五)の「会津郡東西黒川分覚書」によれば、赤岡の地名は糠塚町にある安光賀あんこうか稲荷明神に由来するという。康暦元年(一三七九)蘆名直盛が初めて会津に下向し、稲荷大明神を融通ゆつう寺に勧請したが、訳あって松円しようえん(現桂松院)の境内に神祠を移した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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