赤川菊村(読み)アカガワ キクソン

20世紀日本人名事典 「赤川菊村」の解説

赤川 菊村
アカガワ キクソン

明治〜昭和期の新聞記者,郷土史家



生年
明治16(1883)年3月21日

没年
昭和37(1962)年4月23日

出生地
秋田県大曲

本名
赤川 源一郎

学歴〔年〕
秋田県師範学校卒

経歴
新聞人小西伝助の家に奉公しながら学問に勤しみ、秋田県師範学校を卒業ののち教員となる。明治37年教職を辞し、小西の招きで「仙北新聞」の記者に転じた。42年に上京して「やまと新聞」に入社、次いで「都新聞」に移り、明治天皇崩御後の乃木希典の殉死をスクープ。その後、「国民新聞」「東京日々新聞」「夕刊茨城」などを転々とし、昭和3年に帰郷。以後は郷土史の研究を進め、仙北郡菻沢に残る記録をまとめ、柳田國男の序を附して「菻沢歳時記」として刊行した。15年「秋田魁新報」に入社。戦後は秋田県の文化史の編集に専念した。編著は他に、「飛行詩人佐藤章」「創業五十年」「桜田門」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤川菊村」の解説

赤川菊村 あかがわ-きくそん

1883-1962 明治-昭和時代の新聞記者。
明治16年3月21日生まれ。「仙北新報」ほか数紙で活躍。「都新聞」では乃木希典(まれすけ)の殉死をスクープした。昭和3年郷里の秋田県にかえり「菻沢(がつぎざわ)歳時記」を出版。晩年は秋田魁(さきがけ)新報社にはいり,県文化史を編集した。昭和37年4月23日死去。79歳。秋田師範卒。本名は源一郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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