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都新聞 みやこしんぶん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

都新聞
みやこしんぶん

明治から昭和にかけて東京で発行された大衆紙。 1884年仮名垣魯文を主筆として夕刊紙『今日新聞』が創刊され,88年黒岩涙香主筆の朝刊紙『みやこ新聞』となり,89年『都新聞』と改題。演劇・文芸記事に特色があって下町好みの新聞であったが,1942年新聞事業令 (1941.12.公布) により『国民新聞』と合併夕刊地方紙の『東京新聞』となった。

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百科事典マイペディアの解説

都新聞【みやこしんぶん】

明治〜昭和の日刊新聞。1884年発行の夕刊紙《今日新聞》が前身。1888年《みやこ新聞》,1889年《都新聞》と改題。小説や歌舞伎・花柳界関係の記事に特徴があり,黒岩涙香の翻案小説,伊原青々園の劇評などが人気をよんだ。
→関連項目人生劇場大菩薩峠(文学)長谷川伸

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世界大百科事典 第2版の解説

みやこしんぶん【都新聞】

明治から昭和にかけて発行された新聞。1884年9月小西義敬により夕刊紙《今日新聞》として東京で創刊された。初代主筆は仮名垣魯文(かながきろぶん)。88年11月《みやこ新聞》,さらに翌年2月から《都新聞》と改題し,朝刊紙となった。92年,改進党楠本正隆の買収後,政治的には改進党寄り,後には政友会系といわれたが,党派色は薄く日露講和反対運動で,マスコミの大勢に従った程度にとどまった。内容は歌舞伎,花柳界などの通俗記事と小説の充実を本領とし,黒岩涙香の翻案小説,伊原青々園の探偵実話,劇評などにより,東京下町を中心に読者を集めた。

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大辞林 第三版の解説

みやこしんぶん【都新聞】

戦前に東京で発行されていた日刊紙。1884年(明治17)創刊の「今日こんにち新聞」が前身。88年「みやこ新聞」、翌89年「都新聞」と改題。芝居や演劇・文学に力を入れて庶民の人気を得た。1942年(昭和17)「国民新聞」と合併し「東京新聞」となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

都新聞
みやこしんぶん

第二次世界大戦前、東京で発行されていた日刊紙。前身は1884年(明治17)9月25日に創刊された『今日(こんにち)新聞』で、仮名垣魯文(かながきろぶん)が主筆の夕刊紙。88年11月16日『みやこ新聞』と改題、朝刊の劇場機関紙となり、黒岩涙香(るいこう)が主筆として社説、探偵小説を掲載した。翌年2月1日『都新聞』と改題、以後、文学、芝居、演劇に重点を置き、花柳界の広告を載せるなど独特の編集方針で庶民の人気を集めた。92年5月、楠本正隆(くすもとまさたか)(1838―1902)の所有となり、改進党色を帯びたため、大正に入ると経営不振に陥った。1919年(大正8)12月2日、足利(あしかが)の機業家福田英助が買収、商況欄に力を入れ、生糸欄、ラジオ欄を設けるなど紙面を刷新するとともに、独立自営を信条に健全な経営を続け、関東大震災(1923)後の東京紙の衰退のなかで独自の発展の途をたどった。1942年(昭和17)10月1日戦時新聞統合で『国民新聞』と合併、『東京新聞』となる。[春原昭彦]

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世界大百科事典内の都新聞の言及

【国民新聞】より

…再建のため石川武美根津嘉一郎があいついで資本参加し,1926年株式会社に改組したが,もはや挽回できず,29年蘇峰は退社し,大島宇吉の経営に移った。42年新聞統合政策のため《都新聞》と合併し《東京新聞》となった。【有山 輝雄】。…

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