赤松則英(読み)あかまつ のりひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤松則英」の解説

赤松則英 あかまつ-のりひで

?-1600 織豊時代武将
慶長3年父の赤松則房(のりふさ)(則房と則英は同一人物とも,養父子とも)の跡をつぎ,阿波(あわ)(徳島県)住吉1万石を領有。関ケ原戦いでは西軍に属し,石田三成の居城近江(おうみ)(滋賀県)佐和山城籠城(ろうじょう),落城後の慶長5年10月1日京都で自害したという。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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