赤松則房(読み)あかまつ のりふさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤松則房」の解説

赤松則房 あかまつ-のりふさ

?-1598 織豊時代の武将。
赤松義祐(よしすけ)の子。豊臣秀吉に属して,賤ケ岳(しずがたけ)の戦い,小牧・長久手の戦い,四国攻めにしたがい,天正(てんしょう)13年(1585)阿波(あわ)(徳島県)住吉(すみよし)に1万石をあたえられる。朝鮮出兵では肥前名護屋(佐賀県)に出陣した。慶長3年7月17日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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