…1484年(文明16)から88年(長享2)にわたる山名政豊の播磨,備前への侵入は旧領奪回をねらったものであったが,失敗した。 政則の死後赤松氏が衰えると,代わって三石城を本拠とする浦上氏が台頭し,浦上村宗は主君赤松義村を幽閉暗殺して実権を握り,細川高国を擁して上洛し覇権を掌握しようとしたが,義村の子政村(のちの晴政)が三好元長に内応したことにより摂津大物(だいもつ)で敗死した。村宗の子宗景は本拠を三石城から天神山城に移したが,凡庸で家臣宇喜多直家に権力を奪われた。…
※「赤松義村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新