日本歴史地名大系 「越沢村」の解説 越沢村こえさわむら 山形県:西田川郡温海町越沢村[現在地名]温海町越沢摩耶(まや)山の北西山麓に位置し、北は木野俣(きのまた)村、南は関川(せきがわ)峠を越えて関川村。摩耶山の登拝道越沢口があり、また櫛引(くしびき)通田沢(たざわ)組倉沢(くらさわ)村(現東田川郡朝日村)に通じる間道もあった。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高二三七石余。寛永三年庄内高辻帳では高二三九石余。正保郷帳では田方のみ。小国(おぐに)街道の番所の近郷として役を勤めていたことから、郡役を半減されていた(大泉紀年)。弍郡詳記によると免五ツ四分二厘、家数八〇。鷹狩に使用する鷹を捕獲する鷹待場であったらしく、弘化二年(一八四五)その整備のため鷹待御仕入金拝借願が出された(温海町史)。 越沢村こえさわむら 新潟県:岩船郡山北町越沢村[現在地名]山北町越沢城(しろ)山(三四八・六メートル)の北麓にあり、北を蒲萄(ぶどう)川が西へ流れる。下海府(しもかいふ)のなかで唯一海岸沿いでない村。元禄郷帳に「寒川村枝郷」として村名がみえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by