趙位寵(読み)ちょういちょう(英語表記)Cho Wich'ong

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

趙位寵
ちょういちょう
Cho Wich'ong

[生]?
[没]明宗6(1176)
朝鮮,高麗時代の武将。兵部尚書,西京 (平壌) 留守職であった彼は「庚寅の乱」による鄭仲夫 (ていちゅうふ) らの専横に反対して明宗4 (1174) 年9月挙兵した。この挙兵は一時優勢で開京郊外まで迫ったが,2年後に鎮圧され,趙位寵は殺された。この軍に参加した農奴たちがその後 30年間にわたる全国的な農民戦争の導火線となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょういちょう【趙位寵 Cho Wi‐ch‘ong】

?‐1176
朝鮮,高麗朝の官僚。毅宗の末年に兵部尚書・西京留守になった。1170年鄭仲夫らの武人がクーデタを起こして武人政権をたてたのに反対し,74年西京(平壌)で兵をあげた。岊嶺(はれい)以北の40余城がこれに応じ,西北部一帯をまきこむ大動乱になったが,2年にわたる戦争の末に西京が武人政府軍に占領され,彼は斬殺された。【旗田 巍】

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