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明宗 みょうしゅう

世界大百科事典 第2版の解説

めいそう【明宗 Míng zōng】

867‐933
中国,五代後第2代の皇帝。在位926‐933年。北方の胡人で,李克用義児となり李嗣源の名を得た。荘宗のとき,蕃漢馬歩総管として全軍の指揮に当たり,後梁を滅ぼして後唐建国に活躍したが,荘宗に遠ざけられ一時失脚した。荘宗が兵乱で殺されると,かわって擁立され帝位についた。明宗は禁軍の中核たる侍衛親軍を強化し,全国的な検田を行って均税と財政基盤を固めるなど,五代における一時期を画した。五代十国愛宕 元】

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世界大百科事典内の明宗の言及

【本福寺跡書】より

…同寺には天文年間(1532‐55)に相ついで書かれた4種の記録がある。5世明宗の《本福寺明宗跡書》,6世明誓の《本福寺由来記》《本福寺門徒記》と,この跡書である。跡書は,日記・由来記をもとに加筆・補充してつくられた。…

【唐】より

…彼は朱全忠(後太祖)と激しく覇を争ったが,その子李存勗(りそんきよく)(荘宗)はついに後梁を滅ぼし,洛陽を都として後唐を樹立した。ついで明宗がたつと,禁軍を改編強化し,財政基盤を整備するなど,五代で皇帝権が強化された時期の一つに数えられる。第4代末帝期に兵乱が続発し,石敬瑭(後の高祖)にとって代わられた。…

※「明宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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