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趙泰億 ちょう たいおく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

趙泰億 ちょう-たいおく

1675-1728 朝鮮王朝の官僚。
粛宗元年生まれ。正徳(しょうとく)元年(1711)朝鮮通信使の正使として来日。国書での将軍の称号を「日本国王」とあらため,応接儀礼の簡素化をはかる新井白石の要求をうけいれたとして,帰国後処罰をうけた。英祖4年10月2日死去。54歳。字(あざな)は大年。号は謙斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

趙泰億

没年:英祖4.10.2(1728.11.3)
生年:粛宗1(1675)
朝鮮王朝中期の官人。日本語読みは「ちょう・たいおく」。字は大年,号は謙斎。粛宗28(1702)年科挙に合格。兵曹判書,副提学,大提学などを務め,右議政,左議政に進んだ。典故に明るく,他の官人たちはしばしば泰億の見解で疑問を解いたという。正徳1(1711)年通信正使として来日。徳川将軍の称号変更や通信使接待の切り下げを図る新井白石らと論争した。帰国後,最後まで筋を通すことなく日本側の要求を受け容れたとして官爵削奪の処罰を受けたが,のち復帰。通信使として来日した際に狩野常信が描いた肖像画が,韓国国立中央博物館にある。

(鶴田啓)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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