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日本国王 にほんこくおう

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百科事典マイペディアの解説

日本国王【にほんこくおう】

中国(みん)との外交に室町幕府将軍が使用した称号。1402年,交易を希望していた将軍足利義満に対し,明は〈日本国王源道義〉と記した詔書を返付。この返牒を歓迎した義満は〈日本国王臣源〉と自称したが,この称号や義満の外交姿勢に対して公・武・僧の非難が集中。

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世界大百科事典 第2版の解説

にほんこくおう【日本国王】

日本の統治者の称号。外国から称された場合と,日本側で自称した場合とがある。中国の史書では,古くは日本の統治者を〈倭王〉と称していた。〈日本国王〉の称が見られるのは唐代以後である。《唐丞相曲江張先生文集》には〈勅日本国王書〉があり,《元史》日本伝には1266年大蒙古皇帝から〈日本国王〉に送った国書がある。両者ともに天皇をよんだものである。ところが,室町時代になると,武家の征夷大将軍が外交の主宰者となり,足利将軍が〈日本国王〉の号を用いるようになった。

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世界大百科事典内の日本国王の言及

【大君】より

…江戸幕府が外交文書において将軍を表す語として用いた〈日本国大君〉の略称。3代将軍徳川家光のとき,朝鮮との国交修復に際し対馬藩主の宗氏が将軍の号を〈日本国王〉と改作した事件が起き,これを機に幕府は朝鮮に対し1636年(寛永13)来日の朝鮮通信使から〈日本国大君〉の称号を使用させた。以後6代将軍家宣のとき新井白石の建議で一時〈日本国王〉に変更されたが,8代将軍吉宗は大君を復活,幕末の日米和親条約以降欧米諸国との往復文書にも用いられ,1868年(明治1)天皇が外交権を接収するまで続いた。…

【朝鮮通信使】より

…李氏朝鮮の国王が日本国王(日本の外交権者)に国書を手交するために派遣した使節。日本では朝鮮来聘(らいへい)使とも呼ぶ。…

【文禄・慶長の役】より

…明側としてはこのような要求に応ずるはずはない。行長と沈惟敬らは秀吉の表文を偽作し,これをもとに秀吉を〈日本国王〉に封ずることとした。ことの次第は96年(慶長1)大坂城での明使引見の際に明るみに出,秀吉は激怒して再征となった。…

【柳川一件】より

…それとともに対馬の以酊庵に京都五山の僧を駐在させ,日朝外交文書を管掌させる(以酊庵輪番制)など,幕府が日朝関係を管理・統制する体制が強化された。また,朝鮮側の国書で徳川将軍を〈日本国大君〉と呼ばせ(従来は〈日本国王〉),日本側の国書に日本年号を使用するなど,国書の体裁が改められた。この改革は朝鮮にも容認され,翌年,その証しに通信使が来日して,近世的な日朝外交体制(大君外交体制)が定着・確立した。…

※「日本国王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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